食事の前には「いただきます」より「頂戴いたします」の方が丁寧って本当?



5月21日に放送されたテレビ番組の影響で、「人と一緒にいる場合、食事の前には「いただきます」ではなく「頂戴いたします」と言うべき」という嘘マナーが話題になっています。

もちろん誤りで、「いただきます」で問題ありません。

「頂戴いたします」は二重敬語ではない

「頂戴いたします」は二種類の敬語の組み合わせ

2007年に文化庁が公開した「敬語の指針1」において、謙譲語

  • 謙譲語I
  • 謙譲語II丁重語

に分かれました。

謙譲語Iは「主語を低めることで相対的に相手を高める表現」です2。今回の場合は「主語=自分」ですから、自分を下げることで相手への敬意を示しています。

謙譲語II丁重語)は「主語を低める表現」です3。こちらも今回の場合「主語=自分」ですから、相手に対する敬意を示さずに、単に謙虚さを表しています。

一つの動詞に対し、同じ分類の敬語をそれぞれ二つ以上付けると「二重敬語」となり、一部の例外を除くと「一般に適切ではない」とされています4

「頂戴いたします」は謙譲語Iの「頂戴する」と丁重語の「いたします」を組み合わせた敬語表現ですから、文化庁の定義では二重敬語ではありません

誰に対して「頂戴」しているの?

「頂戴いたします」と部下に言われ、驕らされると危惧した上司のイラスト

二重敬語ではないものの、食事の前に「頂戴いたします」と言うと、謙譲語Iを含んでいるために「誰に対する敬意なのか分かりにくい」という問題があります。

「食べる」という行為に対して「頂戴します」または「頂戴いたします」と言う場合、「食べる」機会をくれた相手に対する敬意が込められています。

なので、相手から食べ物をもらう、奢ってもらう、作ってもらう際に「頂戴します」と言うのは正しい使い方です。

相手の奢りではなく、作った人に対して言っているわけでもないのに「頂戴します」または「頂戴いたします」と言った場合、敬意の対象が不明となります。

むしろ、普通は「いただきます」と言うところをわざわざ言い換えているので、相手から「え、この料理、私が奢るってこと?」と思われる方が、言葉の意味合いとしては自然です。

「頂戴いたします」は敬意の高い敬語

「頂戴いたします」と食事の前に言われて距離感を感じている人のイラスト

会食は基本的に相手と会話によって親睦を深めるためのものですが、敬語は相手と距離を離すことで敬意を示すためのものです。

謙譲語Iの「頂戴します」でも十分相手に敬意を示せますが、「頂戴いたします」は更に丁重語の「いたします」を加えて自分を下げているので、かなり敬意の高い敬語表現です5
会食を始めてすぐに相手と大きく距離をおくことになりますから、会食の趣旨とそぐわず、ほとんどの場合において不自然な言い方になります。

食事の前に「頂戴いたします」を自然に言える状況は、社長などの非常に目上にあたる人から、普段なら食べられない高級な料理をご馳走になった時くらいです。
そういった場合でも、相手が相当感謝して欲しそうでなければ「いただきます」で問題ないでしょう。

「いただきます」は謙譲語

食事の前に言う「いただきます」は「食べる」の謙譲・丁重表現であり、状況に応じて謙譲語I丁重語のどちらかになります6

作ってくれた相手や奢ってくれる相手がいる場合、感謝の気持ちが伝わるように「いただきます」と言えば謙譲語Iとみなせますし、多くの人が食事の前に習慣として言っている「いただきます」は丁重語です。

一方、「頂戴します」に丁重語としての意味はありません。
自分で作った料理を自分で食べる時に「いただきます」と言う人はたくさんいますが、「頂戴します」と言う人はいませんよね。「頂戴」は人に対して言う言葉だからです。

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敬語.jpには、他にも

  • 「宜しくお願い致します」は失礼
  • 「了解しました」よりも「承知しました」の方が丁寧

といったマナーが嘘である理由の解説記事があります。

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出典と脚注


  1. 敬語の指針 ↩︎

  2. 敬語 菊地康人,講談社学術文庫, p256
    原文は「謙譲語Aは、話手が補語を高め、主語を低める(補語よりも低く位置づける)表現である。」ですが、記事中の文脈に合わせて簡略化しています。 ↩︎

  3. 敬語 菊地康人, 講談社学術文庫, p272
    原文は「謙譲語Bは、話手が主語を低める(ニュートラルよりも《下》に待遇する)表現である。」ですが、記事中の文脈に合わせて簡略化しています。 ↩︎

  4. 敬語の指針 p30 ↩︎

  5. 敬語の指針 p20
    内容は「お(ご)……いたす」に関する説明ですが、「頂戴する」は「お(ご)……する」と同じく謙譲語Iなので、「頂戴いたします」にも当てはまると考えるのが妥当です。 ↩︎

  6. 謙譲語」(広辞苑 第七版 【頂く】の項)、「謙譲語丁寧語」(スーパー大辞林 3.0【頂く】の項)、「謙譲語」または「丁重語」(明鏡国語辞典 第三版 【頂く】の項)など、「食べる」「飲む」の敬語表現としての「いただく」は辞書によって分類がまちまちです。このうち、明鏡国語辞典のみ「敬語の指針」と同じ5つの敬語分類を採用していることと、実際の用いられ方からこの分類にしています。
    なお、広辞苑 第七版、デジタル大辞泉 ver.3.2.0、スーパー大辞林 3.0 【戴きます】の項には、食事を始める前の「挨拶」であるとの説明もあります。
    「おはようございます」や「こんにちは」には元々の言葉の意味はほぼ残っていませんが、「いただきます」は現代でもそのまま通じる敬語である点と、状況によっては作ってくれた・奢ってくれた相手への感謝や、食べることに対する謙虚さが明らかにある点から、挨拶でもあり、敬語でもあると考えるのが妥当です。 ↩︎